テーマ: 時代まつり

 

開催地: Oria

 

開催日:8月の第二週末

 

公式サイト

 
TORNEO DEI RIONI ORIA foto official website 

国宝オーリア城と中世の街並みが歴史を感じさせる、サレント半島の美しい街オーリアでは、1967年から毎年8月、この街に所縁の深い13世紀の偉人=神聖ローマ皇帝フェデリーコ2世の治世と当時のオーリアの繁栄をしのび、歴史パレードと中世スポーツ競技会=パリオが行なわれてきました。

今から8百年ほどむかし、13世紀前半に神聖ローマ皇帝フェデリコ2世は、ヨーロッパの広大な領土を治めていました。彼はドイツとイタリアの血を継ぎ、ドイツが帝国の中枢でありながらみずからはシチリアの宮殿を本拠とし、とりわけプーリアの地をこよなく愛し多くの時間を過ごしたため、本国ドイツの諸侯貴族からは“プーリアのわらべ”と揶揄されていたほどでした。またフェデリコ2世は当時の人々から“世界の驚異”また後世になって“人類史上最初の近代人”と讃えられるほど、迷信や古い因習にとらわれず科学的そして合理的に事象をとらえ、また異民族や異教徒も重用し国を治めるなど、今日でもイタリアで多くの尊敬を集める偉人です。

名君の誉れ高いフェデリーコ2世の婚礼の祝宴が行なわれたのが、このオーリアの街で、1225年のことでした。フェデリコ2世は、わずか13才の花嫁=エルサレム女王ヨランダを迎えるため聖地エルサレムへと20隻の大船団を送ります。はるばる地中海をこえ花嫁がブリンディシの港に到着するのをまだかまだかとオーリアの城で首を長くして待つ新郎でしたが、当時の航海はとても時間がかかります。そこでフェデリコ2世が思いついたのが、花嫁の到着を待っている間に、オーリアの街にある各地区の男たちに中世の武術などで競わせる競技会をひらこうというものでした。8百年前、みずからの婚礼の大祝宴に先んじてフェデリーコ2世がひらいた“中世オリンピック”ともいうべき伝説的な競技会を、現代に甦らせたのがこのお祭り、オーリアのパリオなのです☆

メインイベントである競技会が行なわれるのは毎年8月の第2日曜日。前日の土曜日には、中世の衣装を身にまとった600人以上もの参加者がオーリアの街中をねり歩く時代パレードが行われるのが恒例となっています。貴族や令夫人に騎士や歩兵に弓兵たち、そして旗手たちや翌日の競技会に参加する猛者たちなどさまざまな出で立ちのパレード参加者たち。その衣装はいずれも、各地区(リオーネ)ごとのシンボルカラーを基調としています。仮装行列には、このお祭りの主役である皇帝フェデリコ2世も登場します。近年では、Kasper Capparoni や Alex Belli そして Aldo Montano などといったイタリアで人気のイケメン俳優たちが毎年招かれ、お祭りの2日間フェデリコ2世に扮し参加します。パレードのあとには、旗手と踊り子たちそして道化師らによる壮麗なショーも行われ人気を博しています。

そして中世オリンピック競技会が行なわれる日曜日を迎えると、オーリアは街全体が一年で最も緊張と興奮の高まった空気に包まれます。オーリアの街は、Castello、Judea、Lama、Santo Basilioの4地区(リオーネ)に分かれており、競技会ではその4地区の選手たちが実際に800年前にフェデリーコ2世が主催したパリオでおこなわれたのと同じ5種目の競技で競います。イケメン俳優の扮するフェデリーコ2世がこれまた美しい妃や従者らを連れて競技会場に入場すると、まず中世の競馬レースで競技会が幕開けします。しかしオーリアのパリオでは、この競馬レースはあくまでもデモンストレーションであり、勝敗を決める得点にはなりません。80kgもある宝箱をかかえての徒競走、大樽リレー競争、大槌を抱えて激突する城門破り競争など、どれも迫力満点!

最終的な総合得点で最も高いポイントを出したリオーネには、その栄誉を称えて、フェデリーコ2世みずからの手によって、パリオ=優勝記念の旗が授与されます。

この大変ユニークなお祭りでは、中世イタリアの習俗や衣装などを垣間見ることができ、とても興味深い体験となるでしょう。会場にはさまざまな売店や出店のほか、手工芸の職人や鉄鍛冶屋、大工や機織りなどの工房もみられ、あたかも中世ヨーロッパにタイムスリップしてしまったかのような雰囲気を味わえます。その他にも音楽やダンスのショーなども催され、毎年多くの見物客がオーリアのパリオを訪れています。

夏休みを利用して8月にプーリアを訪れる方は、美しいオーリアの街を訪れ中世にタイムスリップしてみてはいかがでしょうか♪